南漢山城
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世界遺産登録南漢山城
- 所在地 京畿道広州市南漢山城面山城里

守御将台
1624(仁祖2年)南漢山城を築造する際に建てられた4つの「守御将台(スオジャンデ)」の中で唯一残っている重要な建物であり、守御庁(スオチョン)の將官が兵士を指揮していたところである。
1972年5月4日、京畿道有形文化財第1号に指定された。

東門
南東側にあって左翼門と呼ぶのではなく、行宮を中心に左側に位置して左翼門と呼ばれる。
城門の幅は3.1m、高さ4mである。
他の門と比べて東門は、最も低い地帯に築造されており、
階段を構築したため、牛馬車の通行は不可能だった。

西門
山城の北東の角、標高450m地点に位置したので右翼門ともいう。
西門は仁祖15年(1637)、仁祖が世子と一緒にこの門を通って清の陣営に行き、和議を結んで降伏した門である。
西門の幅は1.46m、高さ2.1mだ。

南門
城の西南、標高370m地点に位置する。
山城の修築(仁祖2年、1624)以前から存在し、至和門ともいう。4大門の中で唯一の扁額が残っている。
南門は虹霓門と楼閣に区分され、虹霓門は高さ4.75m、幅3.35m、長さ8.6mで原状によく保存されている。
楼閣は正面3間、側面3間で、建築様式がよく揃っている。
南門は4大門の中で最も大きく壮大な中心門で、現在でも観光客の出入りが最も多いところである。。

北門
北門は標高367m、仁祖2年(1624)に新築された門である。全勝門ともいい、門の幅は3.25m、高さ3.65mだ。

南漢山城行宮
南漢山城(ナムハンサンソン)行宮(ヘングン)は、戦争中や内乱など有事の際、後方の援軍が到着するまで、漢陽都城宮殿に代わる避難所として使用するために、朝鮮仁組4年(1626)に造営された。
行宮の中、宗廟と社稷を置いた唯一の行宮でだ。漢南楼、外行殿(ウェヘンジョン)、內行殿(ネヘンジョン)、座勝堂(チャスンダン)、二宜亭(イウィジョン)、正殿(ジョンジョン)、永寧殿(ヨンジョンジョン)などが、自然と人工が調和する順応の美学を空間・地形的につないでいる。
2007年6月8日史跡480号に指定された。


